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水戸地方裁判所 昭和31年(行)15号 判決

原告 戸崎惣吾

被告 小場江堰土地改良区

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の申立

原告訴訟代理人は、「別紙目録記載の土地につき被告が昭和三十一年二月二十三日に定め、同年五月十一日茨城県知事による認可公告のなされた換地計画は、これを取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求めた。

第二当事者の主張

一、原告の請求原因

(一)  被告はもと普通水利組合であつたが、組織変更により那珂郡旧国田村旧柳川村(以上は現在水戸市)、旧戸田村、旧五台村(以上は現在那珂郡那珂町)および旧那珂郡勝田町(現在勝田市)の一部を施行地区とし、その土地改良事業を行なうことを目的として、土地改良法にもとづき、昭和二十五年六月十五日茨城県知事の組織変更の認可を得て成立した土地改良区であり、原告はその組合員である。

(二)  被告は、昭和三十一年二月二十三日旧国田村地内にある土地区画整理事業施行地区の土地につき、原告所有にかゝる別紙目録記載の土地(以下本件従前の土地と略称する)をも含め、土地改良法にもとづく換地計画を定めた。右換地計画については同年三月三十一日茨城県知事の認可を受け、ついで同年五月十一日右認可の公告がなされた。

(三)  ところで、右換地計画中原告所有の本件従前の土地に対する部分は、左の諸点において違法であり、取り消さるべきものである。

(1) 本件従前の土地は、旧国田村大字下国井(現在水戸市下国井町)三〇二二番の田(訴外関十三男所有)および同所三〇二五番の田(訴外稲田義次所有)とともに、水戸市下国井町地内から大宮街道に通ずる道路の南西側にあつて、右道路に沿つて北西から順に三〇二二番・三〇二五番・三〇二六番(本件従前の土地)とならび、三〇二六番の田の南西に三〇二七番の田(本件従前の土地)が接続していた。ところが、本件換地計画により原告の従前の土地二筆は、一筆の土地に合併され(字元内二六二三番田二反一畝一歩となる。)その位置は従前の土地の北西方で、従前の土地と全く離れたところに定められた。そして、原告の換地と前記関、稲田両名の各従前の土地に対する換地との相互の位置関係は、従前の土地の場合と全く趣を異にし、北西より南東へ順に原告、関、稲田の各換地が接続することになつた。(従前の土地と換地との位置関係は別紙図面表示のとおりで、緑斜線部分が換地、赤斜線部分が本件従前の土地である。)

元来、換地計画においては能うかぎり従前の土地の位置に換地を定めるのが土地改良法第五十三条の趣旨にそうものであり、被告改良区も土地改良事業の当初よりその旨原告はじめ組合員に言明していた。殊に、本件従前の土地はもと国田村鎮守の春日神社の神田で、明治三十一年原告がその所有権を取得して以来六十余年にわたり、原告夫婦は右田を神田として尊重し、毎年十一月十五日の同神社の例祭にはこの田より新穀を献供してきたので、原告としては特に換地が従前の土地の位置に定められることを要望してきたし、被告の換地委員も固く右原告の要望に副うべく約束していたのである。しかるに、被告は右のような経緯を無視し、なんら合理的な理由がないのに、原告のみに対し前記のように、本件従前の土地の位置とかけはなれた位置にその換地を定めたものであつて、右は著しく不公平かつ信義に反する措置で、違法の換地計画というべきである。

(2) 被告は、原告の従前の、土地と比較して劣悪な土地をその換地として定めたものである。

すなわち本件従前の土地は地底が平坦で、牛を使つて耕作できる作業の容易な優良田であつたが、換地と定められた田は地底に深浅の差があり、かつ一般に深く、耕作に不便で、収穫量も従前の土地に比し劣つている。かゝる田を換地に指定したのは違法である。

(3) 被告の業務の執行に関し定めた規約(昭和二十五年六月十五日施行)第四十六条には、「換地計画において定める徴収又は交附すべき清算金額は、従前の土地の評定価格総額に対する換地の評価格総額の比を従前の土地の評定価格に乗じた額と換地の評定価格の差額とする。」、第四十七条には、「従前の土地各筆の評定価格は、理事会が工事着手前に評価委員会の意見に基いて案を作り、当該換地計画に係る土地改良法第五十二条第三項の会議の議決を経なければならない。2、換地として定めるべき土地の評定価格は工事完了後遅滞なく評価委員会の意見に基いて理事会が案を作り、前項の会議の議決を経なければならない。」との規定が存するが、被告は、本件換地計画決定にあたり、従前の土地の評定価格および換地の評定価格については、昭和三十一年二月二十三日の本件換地計画を議決した総会(国田村土地区画整理事業区の総会)に右に関する議案を提出せず、したがつて議決もされていない。それゆえ、本件換地計画には清算金の定めを全然欠くことになり、右は土地改良法第五十三条第四項の規定に違反するものというべく、結局本件換地計画は、これを定める手続に瑕疵があり、取り消されるべきものである。

(四)  よつて、被告の定めた換地計画中別紙目録記載の土地に対する部分の取消を求める。

二、被告の答弁

(一)  本案前の主張

原告主張の土地改良法第五十二条にもとづく換地計画は、行政事件訴訟特例法にいわゆる行政庁の処分に該当しない。したがつて本件換地計画が行政処分であることを前提とし、これが取消を求める原告の訴は不適法である。

(二)  本案についての答弁

1、原告主張の事実中(一)(二)は認める。

2、本件換地計画における瑕疵として原告が主張する諸点について。

(1) 原告主張の(三)の(1)について

本件換地計画によつて定められた原告の換地の地番、及びその位置が原告主張のとおりであることはこれを認める。しかし、従前の土地の位置に関する点は否認する。本件従前の土地の位置は、別紙図面表示の青斜線部分である。それゆえ、原告の換地はその南西の一部(約二畝歩程度)が従前の土地にかゝるのであつて、全然もとの位置をはずれているということはない。かりに、従前の土地が原告主張の位置にあつたとしても、原告主張程度の換地と従前の土地との位置のずれ方では土地改良法第五十三条第一項の趣旨に違反しない。また、本件換地計画にかゝる土地は、いずれも原告の場合とほぼ同じ程度に、換地が従前の土地とずれているのであつて、原告のみが不公平な扱いを受けたわけではない。

その余の原告主張事実は知らない。

(2) 原告主張の(三)の(2)について

原告の主張事実は否認する。本件換地は、従前の土地とその収穫量を比較してみても格段の変化は認められず、地力の差は殆んどない。

(3) 原告主張の(三)の(3)について

原告の主張事実は否認する。土地改良法第五十二条第三項の規定により、昭和三十一年二月二十三日の総会において本件換地計画が議決されるにあたつては、すべての従前の土地および換地の評定価格ならびに清算金についての定めが提案議決され、その間なんらの手続上の瑕疵はない。

第三立証〈省略〉

理由

一、まず、被告の本案前の主張について判断する。

土地改良法にもとづき、公権力の主体として所定の手続を経て、地区内の土地改良事業上の必要により換地計画を定めるのであるが、その換地計画は、それ自体によつて未だ具体的な権利変動の効果を生ずるものではない。しかし、都道府県知事において右計画を認可しその旨公告をしたときは、換地計画に定められた換地が従前の土地とみなされることになるのであるから、右換地計画は知事の認可・公告がなされることによつて単なる計画から行政処分としての換地処分に転化するものというべきである。

そして、被告土地改良区が昭和三十一年二月二十三日旧国田村地内にある土地区画整理事業施行地区内の土地につき、原告主張の本件従前の土地をも含めて換地計画を定めたこと、同年三月三十一日茨城県知事が右換地計画を認可し、同年五月十一日認可公告をしたことは当事者間に争いがないのであるから、前記換地計画は右認可公告により換地処分としての効果を生ずるに至つたものというべく、したがつて、原告において右認可公告を経た換地計画(以下本件換地処分というのはこの意味である。)に対し、処分庁である被告土地改良区を相手方として、これが取消を求めるため提起した本訴は適法である、といわなければならない。

二、そこで、原告主張の本件換地処分の違法原因について検討する。

(一)  原告主張の(三)の(1)について

本件換地処分によつて原告所有の別紙目録記載の土地の換地は、別紙図面表示の緑斜線部分に相当する位置に定められ、字元内二六二三番田二反一畝一歩となつたことは当事者間に争いがない。

原告は、原告の本件従前の土地に対する換地だけが他の関係人の場合と異なり、特にもとの位置とかけはなれたところに定められたのは、換地計画の定め方として不公平であると主張するので、この点について考えてみるに、元来土地改良区が、土地改良法にもとづき、土地区画整理およびこれに関連する土地改良事業を行なうのは地区内の土地による農業経営を集団的に合理化し、全体としての農業生産力を発展させるため、農地等の不均整な区画を整理し、かんがい排水施設・農業用道路等の新設・管理・廃止・変更等を実施するのであるから、通常の場合、換地の位置は従前の土地から大なり小なりずれることになり、また減歩を生ずることにもなるのは、免れがたいところである。土地改良法においても換地が従前の土地の地目・地積積・土性・水利・傾斜・温度等を標準として従前の土地に見合うものでなければならない旨を規定しているけれども、必ずしも従前の土地の位置に換地を定めるべきことを要求しているわけではない。この点につき、証人稲田義次の証言および原告本人尋問の結果中、「被告土地改良区が土地改良事業を始めた当時、係員より換地はもとの土地を渡すとか、まるつきり別の土地を渡すようなことはしないとの説明を受けた」旨の供述部分があるけれども、それはできるだけ従前の土地の位置またはこれに近接した位置に換地を定める方針で処理し、従前の土地の位置から甚だしくかけはなれた位置に換地を定めるようなことはしないということを説明したものと考えられる。そして、検証の結果、証人稲田義次、同関十三男・同小圷喜一郎の各証言成立に争いのない乙第十八号証、右小圷証人の証言によりその成立を認め得る乙第二十号証を総合すると、現在本件係争換地附近は区画整理の実施の結果、農地が農道、水溝等により整然と四角に区画せられ、区画整理施行前とその区画の状況を変じ各農地の従前の位置は判然としないようになつたが、本件原告の従前の土地は大体において、被告の主張する位置(別紙図面表示の青斜線部分のあたり)にあつたことが認められるのであつて、その認定を動かすに足る適切な証拠はない。さらにまた、前記証拠を総合すると、原告の従前の土地の北西に隣接していた三〇二五番の田(稲田義次所有)およびさらにその北西に隣接していた三〇二二番の田(関十三男所有)についても、原告の従前の田と同様またはそれ以上はなれたところに換地が定められていることがうかがわれるのである。してみれば、原告の本件従前の土地とこれに対する換地とはその一部が重なるほど近接した位置関係にあるわけであり、また原告の場合だけ、特に従前の土地とはなれた位置に換地を定めたものとはいえないわけである。しかも、かりに本件従前の土地が原告主張の位置にあつたとしても、検証の結果によれば、換地と従前の土地との間隔はもつとも接近したところで二、三間程度であり、もつとも離れたところでも十数間にすぎないことが明らかであり、また、原告主張のように、原告の本件従前の土地が関十三男および稲田義次各所有の従前の土地よりも東南側にあつたのに、原告の換地が右両名の換地の西北に定められたにしても、後記のように、原告の換地が従前の土地に比し地力その他において劣るわけでなく、原告の農業経営に支障をきたすこともない以上前記土地改良法の趣旨からして、以上の点をもつて本件換地処分の取消原因とすることはできないのである。

なお、証人根本利雄の証言および原告本人尋問の結果によれば、本件原告の従前の土地は旧国田村の鎮守である春日神社の神田とされ、原告方では古くから毎年この田で収穫した新穀を祭粢として右神社に奉納していたもので、原告方では特にこれを栄誉としていたので、本件土地改良事業の開始にあたり、原告は被告土地改良区の役員らに対し換地は特にもとの位置に指定することを要望していた、といういきさつがあつたことが認められる。右のような由緒のある田として、従前の土地に特に愛著を感じている原告の心情は察せられないわけでもないけれども、土地改良法にもとずく換地処分が前述のような趣旨でなされるものである以上、かゝる事情は行政処分たる本件換地処分の取消事由とならないことはいうまでもない。

(二)  原告主張の(三)の(2)について

原告本人尋問の結果中には、原告の本件換地は従前の土地に比し米の収穫量が少ないとの供述部分があるけれども、他の供述部分および前記関・稲田両証人の証言を合せ考えると、原告方では本件換地処分を争つているため、右換地につき積極的に施肥その他の管理をしないでおり、そのため従前の土地ほどの反当収穫量をあげていないだけで、本件係争換地附近一帯の水田は、その土質・地味・地力が一様で優劣の差がなく、原告において従前の土地に対すると同様に肥培管理をすれば、以前と同様の収穫をあげることは困難でないことが認められる。それゆえ、本件換地計画が従前の土地に比し劣悪な土地を換地に定めたものであるという原告の主張は採用できない。

(三)  原告主張の(三)の(3)について

成立に争いのない乙第二号証および被告代表者小田野三郎尋問の結果によれば、被告改良区の運営および業務の執行に関する規約(昭和二十五年六月十五日施行)第四十六条、第四十七条に原告主張のとおりの規定のあることが認められる。

そうだとすると、土地改良法第五十二条第三項、第五十三条第四項の趣旨と相まち、被告は本件換地計画を定めるにあたり計画に含まれた旧国田村地区のすべての同法第五十二条第三項所定の権利者をもつて組織する会議において、当該換地計画に含まれるすべての土地の従前の土地および換地の評定価格、金銭による清算を要する場合の清算金の定めについて議案を提出しその承認を得る手続を経なければならないわけであるが、証人小圷喜一郎・被告代表者小田野三郎の各供述により成立を認め得る乙第十四号証の一、二・証人小圷喜一郎・同関十三男の各証言、原告本人(一部)および被告代表者小田野三郎の各尋問の結果を総合すると、昭和三十一年二月二十三日本件換地計画を議決した右権利者の総会(小場江堰土地改良区国田地区換地会議)において、被告改良区の理事長より計画にかかるすべての換地および従前の土地の評定価格、ならびに換地と従前の土地との間に評価額の差がある場合に徴収、または交付すべき清算金を含めた換地計画の議案が提出され、(出席者には、審議の資料として地区総計書・換地計画書を配布した。)審議の結果、一名の反対もなく議決された事実が認められる。原告本人尋問の結果中、右認定に反する供述部分は右認定に供した資料に照して信用できず、他に右認定をくつがえすに足る資料はない。それゆえ、本件換地計画を定めるにあたり、原告主張のような手続上の欠陥はなかつたものといわねばならない。

三、以上の次第で、原告が本件換地処分の取消原因として主張する事由はいずれもこれを認めることができないので、原告の本訴請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 多田貞治 広瀬友信 内田恒久)

(別紙目録省略)

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